2015-06-29 00:12 | カテゴリ:ねっと・げーむ
3-1:鞭スキルへの希望と落胆
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 71服を着て満足に浸りやや狩への積極性が失われていた時期があった。
いわゆる、燃え尽き症候群のような状態だろうか。71を超えてボックスも経験値の目減りが著しくなってきたし、
ドロイカンは相変わらず火力不足でビックマレックスでさえ強敵だった。
まして、ドロイカンなど見つけた途端逃げ出すくらいだ。
今日もルケシオンダンジョン3の隅っこでちまちまと雑魚を狩っていた時である。
71服を着た他の盗賊が駆け抜けていった。彼もまた鞭を握っていたのだが、
明らかに違うダメージを叩きだしていることに驚きを覚えた。彼の頭上を見れば、鉄のムチなる文字が。
そう、私はここで初めて鞭スキルの存在を知ったのである。
そのとき既にレベルは73。昔の私は、情報を仕入れるということをあまりしない人間だった。
むろん、属性などよく知るわけもなく、宝箱から出たサイクルメダルが
固定のポジションに埋まっている状況。知りたい、その思いに駆られルケシオンを後にした。

 溜まり場に駆け戻った私はすぐにF2掲示板を漁った。何とか買える金額だ。すぐに募集記事を出して待った。
この時くらいからだろうか、ルアス広場で売買を持ちかける呼び込みが消えたのは。
人の多い時代だ、売買に気をもむなんてこととは無縁の世界。すぐに売りますよ、とWISが来た。
通り抜けるだけでも重かった露店がひしめくルアス広場での取引。
正直、私はアスガルドマーケットなんて必要ないと思っていた。
町の中にある活気ある露店こそが、MMOの一つの醍醐味だと思うし、
がらんとした町を初心者が見たら、おそらく酷くがっかりすることだろう。
ルアス広場からあの大きな木が消えてから、どうにもアスガルドは変わっていってしまった気がする。
話が逸れたが、鉄のムチを手に入れてすぐに狩場へと戻る。これで私も一段と強くなった。
ドロイカンだってきっと倒せる・・・そんな甘い考えは数分後には落胆へと変わっていくことになる。
スパパン、スパパン・・・見慣れないエフェクトを立て続けに出しながら、出ているダメージはアタックと大して変わらない。
ドロイカンのHPは減る様子もなく、減っていくのは自分のSPだけ。
そのうち雑魚も集まってきて、どうにもならなくなって逃げだすことになってしまった。
ご存知と思うが、鞭はクリを出して何ぼの武器。スキルを覚えてすぐに強くなれるわけではなかったのだ。
結局、すぐにダンジョンを出た私はリベンジを果たそうとギルメンがログインするまで待つことにした。
21服


3-2:偉大なる先人との出会い2
 仲良しの魔術師がログインしてきたので、さっそく新しく覚えたスキルを見せびらかす。
これでもっと強くなれると言って祝福してくれた彼女に事情を話すと、すぐにリベンジに行こうと提案してくれた。
他の仲間も呼んでいざ現地へ。そこにはフレンドもいたので彼らも巻き込み、大PTになってドロイカンへの復讐と相成った。
やはり、ソロよりPTのほうがわいわいできて楽しいもの。おまけに、今までスキルがないからと言う理由で
盗賊では参加を控えてきた気負いからも解放された喜びもあって時間を忘れて狩をしていた気がする。

 夜も21時を過ぎ、少しずつ皆がログアウトしていく。
ルケシオンダンジョン3の出口付近で残った面子で喋っていると、以前見かけた鞭賊を目撃した。
相変わらずすごいダメージを叩きだしている彼は同じ盗賊とは思えないほど強かった。
そんな彼に、一緒にチャットしていた一人が気軽に話しかけ、相手も寄ってきた。どうやら交友関係があったようだ。
リアルと同じで、自分は知らなくても自分の友達の友達と言う形で交友が広がっていった時期でもあった。
もうMMOという世界にも慣れ、最初よりかは気軽に話しかけられるようになっていた私は、
羨望もあって彼に話しかけてみることにした。彼は私が鞭を持っていることに気付き、
鞭っていいよなと同士として迎えてくれた。その中で私は率直に聞いた、どうしてそんなに強いのか、と。
同じスキルを使っているのにどうしてこんなに違うのか、と。すると帰ってきた答えはスキルレベルの存在であった。
今なら誰でも知っている常識かもしれないが、当時の私にとってはそういえばそんなものもあったな、という感覚で
いまいちピンとこなかった。だが、彼は親切に教えてくれ、55まではそこまで苦労せずにあげられるから、
そこまでは上げたほうがいいと。ついでに、どこがスキルレベルを上げやすいかまで教えてくれたところで、
彼は他の知り合いに呼ばれて去っていった。アスガルドにおける第三の転機がこの瞬間だった。
IDは記載できないが、ひらがな5文字の盗賊さん、あの時は親切にどうもありがとうございました。
本当に、あの頃は雲の上の存在がたくさんいた。いつかはああなりたいと目標にできる人がたくさんいて、
強くなりたいと心から思った時期であった。反面、この頃から失ったものもあったと思う。
ミルレスのBGMを聞きながら、ゆったりまったり平平凡凡な毎日を楽しむ心もその一つだったかもしれない。
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3-3:カメ叩き
 先輩の盗賊から教えてもらった場所は、言うまでもなく当時のスキルレベル修練の聖地、海賊要塞であった。
ルケシオンダンジョン3の奥、海賊要塞入口を経て入場できるその場所は、
ラスボス的な存在デムピアスが最奥で冒険者を待ち受ける最終ダンジョンのポジションだった場所。
当然難易度は比較にならず、高被ダメ、高被クリに加えて異常、見えづらい視界と
これでもかとプレイヤーを困らせる設計が施された場所であった。
そんな場所へドロイカンでさえ倒せないような私が行って通用するのか。そんな不安を胸にしながらも、
今自身を鍛えなければずっとこんなヘナチョコのままだと勇気を振り絞って単身海賊要塞に乗り込んだ。
要塞1~4は人もまばらで、聖職者とペアで行動している人が多かったと思う。
そしてついに最奥の海賊要塞5。ここにきて、それまでの不安はどこか気合へと変わった。
そこにはたくさんの己を鍛えようとする冒険者たちが集っていたからだ。
その中には、自分よりレベルの低い61服を着た盗賊や修道士もいて、
彼らに負けるわけには行かないと妙なスイッチが入ってしまった。ここは異常回復薬を除く回復薬を販売しており、
長く籠れるロケーション。おまけにモンスターのエネミーレベルは軒並み90台でスキルレベル経験値は
よほどスキルが高くない限り上限値でもらえる。こんな場所を見つけ、さらにここでスキルレベルを上げようと
最初に考えた人は一体どんな頭の構造をしているのか知りたいくらいに衝撃を受けた場所だった。
さっそくそこら辺にいるカメに手を出してみる。痛い、痛すぎる!盗賊にもかかわらず全然避けられないことは、
ずっと正面なら避けられると思ってきた私にとって悔しいし苦痛でもあった。
おまけにこっちはまるでクリティカルが出ないので、カメ一匹でも死闘を繰り広げなければならず
近くにもう一匹湧こうものなら戦慄が走ったくらいである。これはダメだと、一度戦略的撤退をして
銀行から風ベルトや光服など、とにかくDEXが上がる装備をこれでもかと身に着けて再び挑むことにした。
心なしか、カメからの被弾も減り、クリティカルも出るようになった気がする。
やはり、最初の頃はスキルレベルもガンガン上がり、強くなっていくことを実感できた。
リアルでは18,19頃は己の未熟さも知らずに何でもできる気がして跳ね返る者も多い。
アスガルドの中の私も、メイヴェルがカメを余裕で倒すことができるようになったころ同じような気持ちになったことがあった。
そしてある日ついに、それまでぐっと抑えていたことに手を出してしまった。
画面内に入ってきたのは、赤い海賊帽子を被った何だかやる気のなさそうな肌の蒼い男。
他の冒険者が手を出して大苦戦する光景を何度も見てきたから、
このキャメル船長には絶対手を出さないようにしようと思っていたのだが、
今のメイヴェルならきっと倒せると根拠のない自信を持って喧嘩を売った。
一撃で400以上を持って行かれる・・・なんだこの攻撃力は?!クリティカルをもらえばそれだけで首の皮一枚だ。
対して、こちらはクリのクの字も出ない状況。修道士もびっくりのCON22振りの盗賊でさえ受けきれないダメージは
敗北色だけを濃くさせて、しまいには二連続のクリティカルであの世行きに。
結局、スキルレベルが50近くになっても戦況はあまり変わらず、ここで初めて超えられない壁にぶち当たることになった。
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3-4:火山の実装

 正式サービスが始まったのがいつ頃かは覚えていないが、確か火山実装と大して時期は変わらなかった気がする。
メイヴェルが79ヘルを迎えた辺りで正式サービスがついに開始となり、多くの仲間がマイソシアを去っていった。
その時期から幾度となく、それこそサービス終了の告知が出るまで再三にわたり、
アスガルド終了説が説かれ続けることになるわけだが、正式サービス開始当時は月額課金制で
かなり人が減ったことを覚えている。そんな中、私は大学生と言う身分であり、
1500円はバイト代から余裕で工面できる状態だったためそのままプレイを続けることになった。
そして、正式サービス後すぐに実装された火山は、アスガルドの多くの冒険者のプレイスタイルを
一変させるほどの影響力のあるマップだった。大PTで挑み、高HP,高火力のモンスターを
囲んでふるぼっこにして倒すというプレイスタイルが目立つようになる。
明らかに、海賊要塞までのコンセプトと異なることを肌で感じたものだ。
それが火山フィールドだけの話ならよかったのだが、以降実装されたマップのほとんどがタフくて攻撃力が単純に高い、
いわゆる誰でも苦戦するような設計だったのがよくなかった。PT推奨を進めた結果かもしれないが、
もう少しマップごとに特色を持たせれば選択肢はいろいろ生まれたのに、と思うこともしばしばあった。

 スキルレベルをある程度鍛えたメイヴェルにとって、火山フィールドは大して難易度の高いマップではなかった。
盗賊の特性上、タイマンなら相手の攻撃は当たらないし、鞭のクリティカル特性によって
タフい相手でも容易くHPを削ることができた。その頃には、相手の属性をちゃんと確認してメダルを変えるという
味な真似まで身に着けてサクサクと79ヘル抜けまで順調な慎重に思えたのだが、ここに思わぬ強敵が現れることになった。
デスチャンプスミルである。全くクリが出ない!まったく避けられない!HPは憎きキャメル船長とは比にならないくらいで、
おまけに奴と戦っていると謀ったように周りに虎が湧くのである。しまいには包囲されてふるぼっこ。
風ベルトでは、チャンプの攻撃は痛すぎた・・・。

3-5:新たな出発
 泣く泣く帰還し、チャンプスミルにクリを出すDEXとスキレベ、HITの関係を調べてみると・・・驚愕の事実が判明する。
メイヴェルのDEXでは、いくら頑張ってもその領域にはたどり着けない。
これは語弊があるが、とんでもない高い条件でないと厳しいということだった。
何せ、彼女は初の前衛と言うこともありCONは22振りという今から考えるとありえないほどのタフネスいを持った盗賊だった。
そして、ダガー賊からの転身もあり、かなりSTRにも振っている状態でDEXは3ケタどころか
80程度しか無いという状態だったのである。正直、途方に暮れた。古びたシリーズがなかった当時、
そんなDEXが2ケタも上昇するリングなどそうそう作れるわけもないし、鞭にはHITなんてついていなかった。
これが鞭賊=ネタと言われていた所以でもあるのだが、
庶民の私にはその課題をクリアする方法を見つけ出すことはできなかった。そして、79ヘルも終わりを迎えた頃、
ふと思ったのである。もう一度、一から盗賊をやり直そう、と。盗賊自体が大好きだった。
雲の上の人々に少しでも近づきたいという思いがふりだしということへ躊躇いをなくさせた。
まずは、メイヴェルを80にあげてスパイダーウェブを覚えさせてあげよう。そんな思いで黙々火山1を駆け、
たまたま手に入った当時は希少価値の高かった81服、ディシバースケロットを着させてやろうと81までレベルを上げると、
私はキャラメイキング画面へと戻った。メイヴェルと経験したこと全てが、
その後の盗賊人生の礎となってくれたことは間違いなく、激動のベータ時代をぎゅっと閉じ込めた宝箱のような存在だった。

 彼女をいわば、“棄てた”わけだ、次の盗賊には目一杯の愛情を注いでやろうと思った。
名前も今回はどこからとってくるのではなく、ちゃんと考えてつけようと数日間考えてきた。
今思うと、下らんことしか考えることがなかったんだなと思うのだが、その時ちゃんと名前を考えてよかったと思っている。
その名前は今でもずっと引き継がれ、ゲームを越えて使い続けている。
いわば私をネット上で認識するニックネームのようになっている。そう、それこそがシャニーと言う名前だった。
どうやらファイアーエムブレムのキャラと名前が被っていたらしく使用不可だったのだが、
どうしてもその名前が使いたくて飾り文字まで使ったのだからよくやったもんだと思う。
ちなみに前述通り、ゲームキャラの名前ではない。彼女の綴りはThanyだが、私のキャラの綴りはShanyだ。
盗賊の善神、シャス(Shas)と陽気な・明るいの意味のFunnyとSunnyを掛け合わせた造語である。
ここから十年を超える歳月をこの名前と付き合っていくことになる。
私にとっては相棒であり、娘同然の可愛がり甲斐のあるキャラとなっていくのだが、
同時にその歴史は様々な黒歴史をも生み出すことになっていく。それは、次の話から語っていくことにしよう。
41服
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2015-06-28 22:18 | カテゴリ:タイ赴任記
昨日今日と休みでした。
昨日は雨の中ゴルフの練習に行きましたが散々たる結果。
5番はダフりまくるし、4番ウッドに至ってはまともに当たってすらいない。
ウッドがどうも苦手なんだよなぁ。握ってるうちに抜けてズレているんだよね。

今日は今日で昼間っからジムに行って汗を流してきました。
いや、ロータスから帰ってきたらまだアヤさん(掃除のおばちゃん)ががんばってたのでそのまま部屋を出たんだ。

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どう?いいロケーションでしょ?
ホテル宿泊者は無料で使えるんだから、使わない手はない(私はチップを払ってますが人それぞれだと思います)

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ホテルから臨む町並み。ラヨーンは田舎です。こっちのほうが私は好きです。
さて、部屋に帰ったらアヤさんもいないので料理です。

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今日の立役者はこれ。パスタですが松茸のお吸い物の素はとても相性が良いのです。

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今日は鳥の皮、葉っぱ、玉ねぎを具にした和風パスタになりました。
素材はどれもロータスで計り売りのものを買ってきました。
日本と違って買う前に計量担当スタッフのところに持って行って計ってもらう重さ単価式なので注意が必要です。
今日もおいしく昼飯を食べることができました。材料費はわずか11.25バーツ(松茸の素除く)
もともと安いタイ飯事情ですが、自炊するともっと節約できますね。

さて、今日はチャレンジ精神にあふれていたので以前から気になっていたお店に行ってきました。
初瀬の横で去年から堂々と日本料理屋をオープンしている自称卵かけごはん専門店のザ・めし屋です。
出張の時に一回行って、うーんな感じだったのでこっちに来るまでには潰れてるだろうと思ったのですが
意外と奮闘しているようで店内の設備もパワーアップしていたので一度行ってみたいと思っていました。
今回やる気があるうちに社内の人柱として潜入調査をしてきました。

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店内はこんな感じで、カウンターが増設されていますが基本はあまり変化なし。
伊豆益や初瀬のような雰囲気は売りではないようです。一番のような賑やかな店づくりと正反対と思えばいいでしょう。
三枚目の画像の左端。壁には大きな桜の写真が描かれています。

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メニューはこんな感じ。飲み物は結構多いですね。
あとは他の日本料理屋を大分研究してきたなと言う感じで去年よりメニューがだいぶ増えていました。
特筆すべきは、ここには冷麦があるということです。あとはパスタ類もあるんですね。
自称専門店なので生卵とごはんはトップページにございます☆
しかし、さすがにそれは頼まずにかつ丼セットで小手調べ。

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かつ丼は汁だくタイプでした。
まぁ、タンマダーと言ったところでしょうか。普通に食べれるお味です。
これで150バーツならまぁ、日曜なら来てもいいんじゃないでしょうか。
あと、意外と味噌汁がうまかったです。かぼちゃが入ってやや甘めでしたが、十分食べれると思います。
2015-06-28 00:05 | カテゴリ:ねっと・げーむ
2-1:後衛の悩み
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 聖職者が71服を着るようになると、狩場はルケシオンダンジョンがメインとなった。
当時はルケシオンダンジョンは3までしか存在せず、マップ3はドロイカンが出現する大人気スポットだった。
ボックスで慣れたとはいえ、やはりわんさか湧いてくる高火力の連中を前に手に汗握った記憶がある。
彼らは状態異常をしかけてくるので精神安定剤などが必要なのだが、聖職者はその職業柄
大量のリンゴを持っていかなければならない。そのため視力回復薬を泣く泣く買わずに挑むのだが
そうなると当然に異常を喰らう。その時に重ねてバーニングデスが来るとテンパってよく死んでいた。

 聖職者として楽しい時間を過ごしていた私であったが、どうしても逃れられない事実があった。
ログイン時間が仲間と合わないと何もできないのだ。
オルタナティブプロジェクト以降は回復魔法で攻撃ができるモンスターの登場で
聖職者も一人で狩りをできる環境が整備されたが、ベータ時代における聖職者の攻撃手段は鈍器かプレイアしかなかった。
おまけに、プレイアは非常に希少価値が高いうえに消費SP100という扱いづらい博打スキルだった。
このプレイアに魅せられてピコ聖というジャンルの聖職者も生まれたくらいだが、
全WISもどきの私にとってはいろいろな意味で手の届かないスキルだった。前衛はそんな縛りはない。
確かに被ダメの厳しい場所もあるにはあったが、場所さえ選べば一人でレベリングをしていくことができる。
そうした接続時間帯の違いが、少しずつ私と固定との間を広げていってしまったのだ。
私が61服を着て間もなくして、相方は71服を着ていた。その頃からだ、前衛でも遊んでみたいと思い始めたのは。
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2-2:メイヴェルの誕生
 ある日、大学を半日で終えてそのまま何もなく早く帰ってきた日にアスガルドに接続してみた。
すると大抵昼間にも接続していた相方はいなかった。
また何もできないのでスーファミの電源を入れてグインしてくるまでの暇つぶしをしていると、
ミルレス雑貨屋下のたまり場に最初にフレンドになったあの魔術師がログインしてきた。
しかし、彼女が着ていたのは魔術師の服ではなく、聖職者の71服。彼女のメインは聖職者だったのだ。
聖職者二人でそのままたまり場で話をしている中でふと、どちらかが前衛を作れば二人で遊びに行けるのに、と
いう話になった。これがアスガルドの中で一番の転機だったのだと今では思う。
あの時、あの話をしていなければもっと早くにアスガルドを去っていたかもしれないし、
怒りを噛砕くような経験をすることもなかったのかもしれない。またそれについては別の話ですることにしよう。
じゃあ私が前衛をやろう、そう提案して早速キャラメイキング画面へ。名前がなかなか思いつかない。
チコリーの時は案外あっさり決まった気がするのだが、今回はまるで思い浮かばないし、
ようやく閃いたかと思えば既に使用されている名前です・・・。しばらくああでもない、こうでもないと悩んでいた時にふと、
テレビがつけっぱなしになっていたことに気付く。テレビだけではない、スーファミまでつけっぱなしだ。
私の大学生の時期なら、もうゲームキューブやプレステの時代だが、
その時はふとファイアーエムブレムをやりたくなって押入れから引っ張り出していた。
ときめきエムブレムこと聖戦の系譜を終章まで進め、エンディング間近のところまで進んだところで
止まっている画面に目が行き、適当に敵軍のステータスを眺める。バーハラ城からわらわらと出てきた最後の精鋭部隊。
正直敵将イシュタルより厄介なファルコン三姉妹の末妹が嫌な位置にいる・・・と思った時なぜかこう思った。
この名前使ってみるか、と。そんな不純な動機で生まれたのが盗賊のファースト、メイヴェルだった。
こんなことを彼女が知れば怒るかもしれないし、後で調べて気付いたことだが、この三姉妹、どうにも名前の意味が良くない。
すべてケルト神話の大地の神ダグダの妻の名前なのだが、長女が狡猾さ、次女が偽り、
三女が不名誉をそれぞれ意味していたのだ。そんな感じの不穏な旅立ちとなったが、
これが私が盗賊を始めたきっかけだった。世の中、どこにどんなきっかけがあるか、
そもそもそれがきっかけとなるかどうかさえ神のみぞ知る。ただ一つ言えることは、
変化に消極的ではきっかけと捉えることなく通り過ぎ、コミュニケーションなしでは新しい世界を臨むことはできないということ。
どれもこれも、きっと後から気づくのだろうが、その時ではもう遅い。きっかけを機会に変えるには準備が必要なわけで、
私の場合はたまたま、前衛をしてみたいという思いが機会を与えてくれたわけである。
1服


2-3:偉大なる先人との出会い
 盗賊としてのスタートは、やはり新鮮で何もかもがワクワクさせてくれるものだった。
今まで聖職者として培ったものとはまるで違う世界に映った。何より、自分を守ってくれる人が誰もいない、
守る側に立ったのだ。それまではモンスターに追いかけられても前衛がいつかはタゲを取ってくれた。
だが、今度はそれを自分がする番だ。どれだけ自分が危険でもまず後衛を守らねば。
それは後衛上がりの自分にとって自然と行きついた、アスガルドのプレイスタイルとして最後まで貫いた考え方だった。
・・・もっとも、晩年は後衛の耐久力が高すぎて放っておくこともザラで、
自分が後衛の時もモンスターに殴られて、もっと来いオラァ!とうけたまわり太郎のようになっていたが・・・。
脱線した、元に戻そう。狩場に出てプロブらと遊ぶ。薄い布一枚しか着ておらず、
聖職者とはまるで着膨れ感が違う盗賊ははっきり言って弱った。
それでも、辻ヒールをしているときに他の盗賊から教わったクイックポーションを使い、
えぐりを連発し始めたところから世界が変わる。ヤバイ、強い。それまでハンマーでアタックしか経験のなかった私は、
そのスピーディな狩が病み付きになった。来る日も来る日もえぐりえぐり・・・。
タイドから出たウインドリングで少しずつ強くなった気もする。やられて飛ばされても、
次こそはとすぐに回復薬を補充してルアスのナイトモスマップへ。
あの頃はそれぞれの町に特産の回復薬が用意されていて、あちこちの町をゲートで回ったものだ。
昨日より今日、今日よりきっと明日。少しずつ強くなっていくメイヴェルの成長が毎日楽しみだった。

 ある日、いつもと同じようにログインし、一番の友達のあの魔術師さんがメインの聖職者で
レベルアップを手伝ってくれるというのでミルレスのナイトモスマップへ行った。
彼女と7割がた雑談をしながら狩りをして、彼女がログアウトしてからは一人黙々と狩っていた。
すると、真っ青な服を着た盗賊がさっそうと現れる。
まるで青い海と白い雲の町、ルケシオンをイメージしたかのような潜入服を着こなす盗賊の周りにはいつの間にか人が集まり、
何のきっかけかは忘れたが私も彼と喋り始めていた。彼はまだ駆け出しの私にいろいろと盗賊のいろはを教えてくれ、
私はますます盗賊と言う職業の魅力に惹かれていった。
いつかはこの盗賊のように・・・ブログのメイン画像を見てもお分かりいただけると思うが、
私は盗賊の71服が大好きだった。それはきっと、この時受けた感銘が奥底でずっと残っていたからに違いない。
71服を着る、それがはっきりと目標として天高く光る。これがアスガルドの転機の一つだったことは言うまでもない。
その盗賊とは、それからも何度か顔を合わせる機会があったが、チャットを交わしたのはそれが最初で最後だったと思う。
ロオでも最後の闘技大会を主催したあの盗賊である。私にとっては、アスガルドの中では天上の人の一人であった。
11服


2-4:メインを聞かれたら聖と答える時代
 メイヴェルが活動していた時代のSSは残念ながら残っていない。
当時使っていたデスクトップパソコンがクラッシュしてしまったからだ。
何も知らなかったあの頃はすべてを推奨の設定でセットアップしていたため、
Cドライブに入っていたデータはすべてサルベージできずに消えてしまったのだ。
わずかに残っているであろうSSも日本の自宅にあるので今は手が届かない。
しかし、ノカン村があの頃あって本当によかったと思っている。サーバーダウンが頻発し、
ノカン村手前のマップでサーバープロセス起動中ですと多くの冒険者が立ち往生することもよくあった。
しかし、人が集まるだけでそこはもう楽しいチャットの場だ。
放置している人がディドキャプテンに墓にされたりいろいろ事件もあったが、
ああいうゆったりとした時間がコミュニティを作る大事な時間であったとさえ思えてくる。
あの頃は初めて会った人とも気兼ねなく話せる環境があった。身内意識だのとはかけ離れた解放感ある場所を、
ノカン村は提供してくれていた気がする。それにしても、盗賊はすごいと思った。ノカン村でソロができるのだ。
前衛なら当たり前だと思うだろうが、聖職者しかしたことのなかった私にとってはそれだけで興奮したし、
メイヴェルは我がキャラながらやれる奴だと思えた。ソロプレイヤーは他にもいたから、
ディグバンカー前でゆったりチャットしながらの狩は時間を忘れさせてくれる。墓になっても誰かが助けてくれる環境で、
無理をし過ぎて墓ってしまった私を隅で待ち狩りをしていたパーティの聖が助けてくれ、そのままパーティに入れてもらった。
仲間も呼んで大パーティになると、ディグバンカー大空洞へ。当時のディグバンカーは本当に迷路で、
隠し通路やA,B別ルートなど冒険しがいのあるダンジョンだった。
(オルタナティブプロジェクトでそれら思い出は地殻変動の渦に飲まれてしまったのは痛恨の極みだった。)
いわゆる“テント”でしばらく遊んでいたが、やはり聖が少ないと危険だということで聖にチェンジ。
ここらへんから、PTは聖、ソロは賊みたいなプレイスタイルが確立されていった気がする。
ゆったり、ゆったりとソロをしながら、メイヴェルは50ヘルを抜けていった。
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2-5:新たな武器との出会い
 50ヘルを抜けると盗賊にとっては少し厳しい時間が訪れることになる。
えぐりでは火力不足になるし、ダブルスタブやダブルスクラッチだとSPがジリ貧になる。そんなとき、
私は他の盗賊が見慣れない武器を持っているのを目にする。赤くて丸まった何だかよく分からない武器。
そう、それは鞭だった。最後まで結局実装されることのなかったパチンコを除けば、
盗賊にとってダガー以外の希少な攻撃手段だった。
クリ率が異常だったあの頃はアタックだけでもそれなりのダメージソースとなる。
確か鞭の実装と鞭スキルの実装に間が空いていたが、それでも何か分からないがとにかく新しい武器に惹かれて
私はルアス広場の真ん中で叫んだ。「フィバーウィップ買います!」
値段は忘れたが、しばらくしてメイヴェルの手には赤い鞭が握られていた。行く先はボックスだ。
金はもらえないが、体力が低く狩りやすい相手だった。ヘルリクシャだけを積んで、
帰りはキンマダガーとカルタハンマーをこれでもかと積んで帰ってきた。
だが、盾がない分防御力は当然後衛並、それ以下の紙。それでも私はもうダガーには戻らなかった。
どうにも、盗賊が重い盾を持って走り回るという絵がイメージできなかった。おまけに、アスガルドの盾はどれも漏れなくゴツい。
何より、相手に囲まれないような位置取りで狩る、という盗賊らしい狩り方が好きだったからだ。
もし、ダガーの二刀流が実装されていたらきっとその道を生きていたと思が、
そこから長らく、鞭賊と言うジャンルを生きていくことになる。
当然、紙装甲でアタックだけの盗賊などPTでは何やってんの?となってしまう。
この頃からか、盗賊でPTプレイにあまり参加しなくなったのは。自分でも自覚していたのだと思う。
人とは違う道を歩く代償を。それでも60レベルを超え、ブリズウイクのスピードに自分が振り回されながら
ボックスや仲間同士でドロイカンへと通い少しずつレベルを上げていった。
今でも鮮明に覚えている、ボックスで70ヘルをアタックだけで抜け、ついに憧れの71服に袖を通した時の感動を。
鉄の鞭スキルの存在を知ったのは、それからしばらくしてからのことだった。
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2015-06-26 02:09 | カテゴリ:ねっと・げーむ
長年にわたり世話になったオンラインゲーム『アスガルド』が終わりを告げてから丸1日が経った。
アスガルド以上にハマることができるゲームは今後きっと巡り会えないだろうと思う。
正式サービス12年、本当によくやってきたと思う。
もう終わってしまった話だし、今までの12年間を12回に分けて書いてみようと思う。
暴露的な話もあるけれど、壮大な自分語りになると思いますわ。

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― 6月24日をもって、アスガルドはサービスを終了させていただきます。
その告知を知ったのは、日本を離れてわずか3日目だった...

 アスガルドと出会ったのはいつ頃だったのか、もう覚えてもいない。
窓を全開にした茣蓙敷きの居間で簡素な台の上に乗せたノートパソコンで弟がプレイしていた記憶があるから、
おそらく夏の甲子園の時期だったのではないかと思う。当時オンラインゲームは黎明期で、
全てに衝撃を覚えた記憶は今も鮮明だ。そもそもパソコンをそれまでまともに触ったこともなく、
マリオやスーファミの世代であった私は、パソコンでゲームをするということ自体に強烈な印象を植え付けられた。
それに加え常にリアルタイムであり、そして全国、いや国を超えた顔も名前も知らない人と知り合えるシステムは
まさに新世界に降り立ったかのような新風吹きぬける興奮の連続だった。

 多くの私を知る人は、私の最初のキャラクターは盗賊だと思っているかもしれないが実は違う。
聖職者だった。どうして聖職者を選んだかは今となっては思い出せないが、
おそらくはオンラインゲームに興味を持った理由そのものではないかと思う。
名前はチコリーと言う。なぜその名前にしたかは今でもちゃんと覚えている。
髪の毛の色が黄緑だったということだけだ。後ろで短く結んだツインはかわいいものだった。
聖職者としてマイソシアの一員となった私は、ミルレスの落ち着いた雰囲気の中を迷いながら
西地区、東地区とふらふらしていた。それだけで楽しかったし、
知らない人とすれ違うだけで今までのゲームとは違うことを実感できた。
町の中だけでも冒険なのだ、ポータルから一歩出ればもう大冒険である。
当時は修道士の故郷でもあったので彼らが周りにはたくさんいた。
CON振りが主流だった当時、修道士の序盤は自然回復でまかなえるゆったりとしたスタイルを好む人が多かったように思える。
BGMの鳥のさえずりもそんな気持ちを包んでくれた。ミルレス森のナイトモスマップで狩りをしては
ポータル付近に戻ってきて自然回復待ちをする修道士たちに辻ヒールをしてよく遊んでいた。
他の人と遊んでいる、そう思える瞬間だった。だが、まだ21服。マイナーヒールでは知れているしMPも少ない。
ちなみに、CONとWISは最初に集中して振らないと効果が薄いなどと知るはずもなく、
どのステータスも素で10とかあるようなキャラだ。PTを組むこともあったが、いつも組めるわけでもない。
ハンマーとスターバックラーを持って雀の涙ばりの火力で辻ヒールをしながらナイトモスを狩る。
昔の経験値ペースである。当然そんなことではレベルは上がるはずもなく、お金だって手持ちの数万が全財産だ。
ジリ貧の中で日課のように辻ヒールをしていると、ある魔術師が話しかけてきた。これが今考えるとアスガルドの最初の転機だった気がする。
彼女も21服着た魔術師だったが、チャットの後狩を一緒にすることなりその後フレンド登録した。
次の日、彼女からwisが来てまた狩りをした後、彼女の友達が集まっている場所へと連れて行ってもらえることになった。
ミルレス雑貨屋の下。そこにはたくさんの人が集まっており、チャットに花が咲いている。
その輪に入ると、あっという間に過ぎていく時間、そして増えるフレンドリスト。
何もしなくてもいい、ただ仲間たちと一緒に町で喋っているだけで、いくつの夜を明かしたことか。
オンラインゲームとはこういうものなのだという醍醐味を味わった瞬間であった。

 少しレベルが上がってきて41服を着るようになると、ポンポンマップへ大PTで押し掛けたり、
ノカン村A-2で待ち狩りをしたりと選択肢が増えてきた。今思えば、あの頃から待ち狩りはあったわけだ。
だが、決定的に違ったのはどこへ行っても狩りながらのチャットは欠かせなかったことか。
皆黙々と狩るなんてことはなかった。限られた装備、限られた回復薬の中で皆で協力し、
ようやく覚えたリバイブはどこでも重宝がられた。リバイブでいいですか?はまるで呪文のように繰り返した。
そのころになると、最初に出会った仲間たち以外にも仲間が増えた。特にノカン村に行くとそれだけでフレンドが増えていく。
実はメインとなった盗賊より、この聖職者のほうがフレンドは多い。私も最初はPT大好き人間だったのだ。
そのフレンド登録した中で特に仲良くなった戦士と半固定の様になり、ノカン村を卒業してサラセンダンジョンへ。
ボックスは当時高被クリな上に攻撃属性もちだったので聖職者ではすぐ死ねる環境だった。
確かHPも400ちょっとくらいしかなかったんじゃないかな。一面ボックスで何度もヘルで死んだけど
61服を着たい思いで必死に頑張った。50ヘルであんなに頑張れたなんて、今思うととても羨ましい。
こうして、ベータ時代を生きた聖職者は少しずつだがレベルを上げ、71服を着るようにまでなった。
一人では何もできないけど、聖職者は気軽にみんなと遊ぶことができるいいクラスだった。
聖職者はまさに、自分の分身だったのかもしれない。

2話に続く

聖_1服聖_11服聖_21服聖_41服聖_61服聖_71服
2015-06-25 01:53 | カテゴリ:ねっと・げーむ
アスガルド…………よくぞそこまで魅せ……………
よくぞそこまで楽しませた……キサマのその独創性に愛すら感じる…!
これが俺から貴様に贈る、最大の賛辞だ!!















行ける範囲の動画を撮っといた。4次奥とかはさすがに無理だったorz
2015-06-23 00:05 | カテゴリ:タイ赴任記
タイ駐在員にとっての死活問題の一つ、飲料水の確保。
土曜日が稼働日で日曜がゴルフとかだとホント買い物に行く時間がないので
大瓶があと2本くらいになると戦慄が走るものである。

先週は土日共に休みだったので、部屋でタムンガーンしつつレムトンに買いに行った。
やっぱりセンタンに流れたか、レムトンはだいぶ以前より空いている。
とはいえ、駐車場が入りやすいだけで中の人口密度の片寄は凄まじい。
ビッグCのほうはスッカスカだが、銀行回りはなんなのあれは。。
わざわざ狭い場所で特売りの整列させんでもいいだろうに。
そんな並ぶ人々の流れに逆らって水を持ちながらエスカレータに向かっていると、とんでもないことが起きた。
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何と袋が大破。おまけに、それを見越して二重にしてあったというのにだ。
日本ではまず起きないことだが、やっぱり袋もかなり薄くて破れやすい。

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これはレムトン出口横にある飲料置場。コーラが炎天下にドヤっと言わんばかりに山積みされている。
こんなん見るとコーラなんて飲む気しませんわ。もともと砂糖の塊じゃけえ飲む機会は少ないが、これは。。

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土日休みのときはどちらかは自炊することに決めている。
異文化こみゅにけーしょんの時に比べたら色鮮やかになっただろ!
まぁ、自炊にしたのは早く部屋に帰って仕事をしたかったため。
平日はできるだけローカルと仕事をしたいため、本社からの雑音をこういう休みに処理している感じだ。

まぁ、続きは追記で
2015-06-22 00:05 | カテゴリ:タイ赴任記
以前も書きましたアヤシイ果物の第2弾です

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何故か毎日のようにタイ人スタッフからかわるがわる果物をもらえます。
ありがたいのですが、平日はなかなか食べる時間がないので冷蔵庫が果物だらけになってしまいます。
休みの日に食べるのですが、やはり生ものなので月曜日にもらったものなどは既に干からびてしまっていて
申し訳ないと思いながら捨てざるを得ないものも出てきています。

ランブータン(赤いヤツ)とマンゴスチンは以前紹介したので、今回は左袋に入ったブドウみたいなヤツ

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こんな感じなのですが、写真を見ると分かるかもしれませんがほとんど種です。
実もさして甘いわけでもなく、個人的には微妙でした。もらっといてこんなこと言ったらあかんのですが。。

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一方、こちらはタイのレモン、マナオです。
レモンと言うと黄色くてラグビーボールっぽいのをイメージするかもしれませんが、これはレモンです。
私も最初、ライムじゃないの?って聞いたらレモンですと断言されたので紛うことなきレモンです。
タイでもそのままは食べません。スープに入れたりサラダにかけたり、ジュースにしたりのようです。

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おまけ。ポテチにトマトソースの絵がついてたからケチャップ味のポテチなんだと思って買ったら、
まるまるそのままボンとケチャップの袋が入っていたという。
確かに絵のままだが・・・。タイってこういうのがホント多い。砂糖じゃないだけマシか。。
2015-06-21 19:31 | カテゴリ:タイ赴任記
今日はゴルフに行きました。
これまでの練習の成果を発揮する時だ!とそろそろ地方大会が始まった高校野球児並のやる気で挑みました。

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今日は社内の身内ゴルフではないので社外の方に失礼の無いように!と思っていたのですが、
そんなときに限ってトラブルが起きたりするものなんですよね、ドラマじゃないけど。

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こんだけカートが並んでいるというのに、受付でカート ドゥアイ(カートも付けて)と頼んだら
カート マイ ミー(カートないんですよー)の答えが?!
どうやら我々より先に出発する同じようなゴルフコンペにカートが回ってしまい本気で無いらしい。
つーわけで、日本ゴルフより過酷な徒歩ゴルフと相成ったのでござる。

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朝からこの日差し・・・。
おっさん連中は前半はビールを控えざるを得ずさぞつまらなかっただろう。
私はポカリスウェットを3缶空けたが、それでも明らかな水分不足だった。

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平日はお決まりだった日中のスコールも謀ったかのようにそっぽを向き、カンカン照りの中歩く。
歩ければいい、私の場合は走り回るのだ。ゴルフは紳士のスポーツと言われるが、
私にとってははっきり言って陸上競技と等しい。

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でも、練習の成果があったらしく140台から一気に120台まで改善。
これからも練習して100くらいまでは行きたいです。
2015-06-19 08:38 | カテゴリ:タイ赴任記
最近、妙なことを朝っぱらから始めている。
どうにもフィットネスに行った後、いけないとは分かっていてもベットに座るといつの間にか朝なのだ。
そこからドタバタとシャワーに入って飯食ってと準備する中で、いつの間にかタイムアタックをするようになっていた。
朝レストランのオープンは6時。
だが…マイペンライな国ではオープンの時間などあくまで目安に過ぎん…ッ!
巷の店も客の入りによってはもともと22時閉店でも20時過ぎに店じまいなんてこともざらなのだ。
ホテルも例にもれず、一見ドアが閉まっているように見えても
ドアを開けて入っていけば明かりをつけてオープンすると言う柔軟性の高さを張り込み調査で確認できた。

起きてシャワーに入り、コンタクトを入れ頭を整えレストランへ!
喰って戻ってきたときのタイムを毎日図っている。だいたい6時25分くらいがアベレージだが、目標は20分だ。
どうずれば時間を削れるか。。これはもう職業病かもしれん。

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話は変わってこの前ワークパーミットを取りに行った。
自分の職種では恩典が受けられないから明日からこの仕事やれとかいう訳のわからない事態を乗り越え、
大きなゾウさんが目印です☆とどっかの引越し屋のCMよろしくな場所へ行ってきた。

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ホントこの国は青が好きですわ。
2015-06-09 08:45 | カテゴリ:タイ赴任記
最近の私の1日はだいたいこんな感じ

5:00起床・シャワー
5:20マビ起動1日クエ3キャラ分消化
6:00朝食
6:30出勤準備
7:00ドライバーに乗せてもらい出社
19:00帰社
19:40どっかのタイ飯屋で夕食
20:30帰宅&フィットネスへGO
21:30風呂
22:00マビ起動・芋掘りとサラダ作って1日クエ3キャラ分消化
23:00就寝

就寝が先に終身が出てきたが、誰かの恨みでも買ってるのか・・・。
朝一マビが入っているが、夜更かしして6キャラこなすよりするよりこっちのほうが朝早起きするモチベにもなるのでいい。
お、おれは1日クエをこなさないといけないんだ、起きることは強いられているんだ・・・!
なんか悲しいぞ?でも、5時起きのおかげで始業から頭はしっかり冴えた状態なのでまあ結果オーライでしょう。

さて、タイにも大型スーパーがあります。
ラヨーンだと最近だとセンタンができましたが、それより前からレムトンというショッピングデパートがあります。
ショッピングデパートなので服も売っています(ロータスも服売ってるから両者の違いは永遠の謎)
もちろんそこには更衣室もあるのですが、日本のように安心安全とはいかない。
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これ、更衣室の天井を撮ったもの。
天井と言っても更衣室なので当然高さはない。手を伸ばせば普通に届く。
上着の試着をしてTシャツを脱ごうと上の手を伸ばしたらガリガリガリッというのが普通にあると思うのだが・・・
こんな程度でアンタラーイ(危ない)などと驚いていてはこの国では暮らせないぞ!ということなのか。
2015-06-06 22:34 | カテゴリ:ねっと・げーむ
1_20140623235254c28.jpgシャニーさん、今日はワタクシからプレゼントがあります

13_2014061819430876b.jpgあ、あんたが私にプレゼントぉ?!明日槍でも振るんじゃ

1_201406181927221e4.jpgなあに、問題ありませんよ。お金は頂きましたから

3_201406212128599fb.jpgやっぱりね・・・。ごっそりウェブマネーなくなってるし。。。

1_20140623235254c28.jpg何言ってるんですか。この箱からいいものを出せば元が取れますよ

2_20140621213006047.jpgオッシャー、絶対に取り返してやるぞ!!

1_20140623235254c28.jpgイイモノが出れば・・・ネ
2015-06-01 11:32 | カテゴリ:タイ赴任記
95d1dd29d332897b5ce1ecdde8645887.jpg

今日はタイはお休みです。
仏誕節という仏教に関係するものです。日本は月曜日で大変ですね;;;;;
いや、こっちも嬉しかねえよ。1週間が短くてローカルと仕事できる日が1日少ないっていうのはかなり大きい。

そんな愚痴を言っていても仕方ないので、休みの日は休みの日しかできないことをしませう。
ちなみにこの6/1の仏誕節はお酒の販売が全面的に禁止されています。
まぁ、マイペンライなお国柄なのでお察しなところはありますが。

それにしても、マイペンライが許されないこともあるだろーが!!1111
っと思うこともしばしば遭遇する。今日もその一つをご紹介しよう。

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ドヤッ
超銭持ってるだろ?いやー銭の風は気持ちいいなァ?!ってな図ではない。
これ、ATMで10000バーツを下した直後の惨事。
どうやらATMの中に1000バーツがなかったらしく、全部500バーツ札で出てきよったwww
いや、最初入力を間違えて1000バーツって打ち込んだら500バーツ2枚で出てきたから
これはヤバいぞという危機感が湧きあがったのだが、
これもしかしたらそのうち100バーツ札になって出てくるんじゃね?
とかいう妙なチャレンジ精神がそれを吹き飛ばしてしまい、上図に至る。
結局私が悪いじゃんwwwしかし、財布を圧迫する札束とか、マジ経験ないわ・・・。
つーか、これ金が出てきただけマシなほう。
聞くところによるとATMの中が空っぽでも受け付けをストップする機能がないため、
最悪残高だけ惹かれて銭が出てこん・・・という事態もあるらしい。
マイペンライとかそんなレベルじゃねえ;;;;

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まぁまぁ、味噌汁でも飲んでもちつけ。
即席みそ汁はラヨーンの日本食材屋で序盤から購入できる他、
出張者襲来イベントにて高確率で入手することができる。
コップで飲むとはセンスがないが・・・。